
吉幸は文化十一年に出雲国(現在の島根県)能義郡下山佐村の鍛冶、山崎平右衛門吉広の子として生まれ、伯耆国(現在の鳥取県)米子四日市町の鍛冶、清水圓造正吉の養子となりました。
実父、養父ともに刀鍛冶ではなかった吉幸は、手控え帳『別觸諸事要用扣』に「与風刀打覚候」、すなわち、思いがけず作刀技術を会得し、天保十五年、三十一歳の時に藩より刀鍛冶開業を許されたと記されています。その師の名は明らかにされていませんが、丁寧な茎仕立て、匠名の「幸」、因州池田家家老荒尾氏の米子城城下の住という点から、因幡藩工の浜部見龍子寿幸に学んだとも考えられます。
長さ |
66.9㎝(2尺2寸1分) |
反り |
1.6㎝(5分2厘) |
目釘穴 |
1個 |
元幅 |
29.5㎜ |
元重 |
7.0㎜ |
先幅 |
20.5㎜ |
先重 |
4.5㎜ |
形態 |
鎬造、庵棟 |
地鉄 |
板目 |
刃文 |
互の目乱れ |
鋩子 |
乱れ込み突き上げ返る |
中茎 |
生ぶ |
彫刻 |
樋無し |
時代 |
万延頃(江戸時代末期) |
国 |
伯耆(鳥取県) |
鑑定書 |
日本美術刀剣保存協会(保存刀剣) |
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